「サンプラー」とは、採取した一つの音(サンプル)の音程を変化させて、なんでも鍵盤楽器にしてしまう夢のような装置。ファミコンの後継機種にあたる16bitの「スーパー・ファミコン」には、このサンプラーに近い「PCM音源」が搭載されていました。
サンプラーとPCM音源、この二つの違いはというと、サンプラーは音色を自由に録音・追加できるのに対し、通常PCM音源とは、あらかじめプログラムに刻みこまれた音色しか使用できないことぐらいです。
では、これら2つの楽器に共通する発音方式について、順を追って見てみましょう。
量子化(サンプリング)
まず、これらの楽器は信号をデジタル的に扱うので、音を「量子化」する必要があります。これは大雑把に言うと、音の信号を数字の連続として記録できるよう、瞬間ごとの音量を数値に置き換える作業です。
以前の項でも扱ったように、「音」はグラフで表すことができます。言うなれば「量子化」とは、このグラフになるべく近づく形で、方眼紙のマスを塗っていくことですね。
ところで、この「点の記入」に使用する方眼紙は、目が細かいほど記録の精度が高くなることは、想像に難しくないでしょう。この際、目の細かさは、Y軸「ビットレート」、X軸「サンプリングレート」という、二つの数値で表します。
Y軸: ビットレート = 方眼紙のタテの目の細かさ。単位「ビット」で表す。nビットならば、マス目の数は2のn乗。 X軸: サンプリングレート = 方眼紙のヨコの目の細かさ。一秒間に、サンプルを採取する回数。単位「Hz」 少々専門的な話になりますが、サンプリングレートを2で割った数字は、録音可能な最大周波数にだいたい等しくなります。世間でも広く利用されているCDのサンプリング・レートが44.1kHz。その半分である22kHzは、ちょうどヒトが聴き取れるとされる最大周波数(可聴域の最高値)と同じぐらいですね。
マルチポイント・サンプリング
では、音が採取できたところで、音程を鍵盤に割り当てて弾いてみましょう。この辺りの理屈は簡単。録音したサンプルの、再生速度を変えるだけでいいのです。レコードやテープを早送りすると、音程が上がるのと同じです。
PCM音源で、音程を変える(mp3/23kb)
あらら、音程が変わったのはいいのですが、再生速度は変わるわ、音がヘンになるわでは、使いものになりませんね。音色が変わってしまうのは、そのまま速度を上げた時の倍音のバランスの変化が、自然界に存在する楽器とは異なるからです。
そこで、サンプラーやPCM音源をプログラムする際には、、マルチポイント・サンプリングというテクニックが使われます。下の鍵盤の図をご覧下さい。
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タテの矢印が、音をサンプリングした個所、ヨコの矢印がその有効範囲です。このように、予め複数箇所の音程をサンプリングしておけば、たとえばある音程が演奏された際には、その最寄のサンプルを使用すればよいわけです。
↓下の鍵盤をクリックして、違いを聴いてみましょう。
PCM音源のメリット
さて、スーパーファミコンでPCM音源が採用されることにより、これまでのファミコンにはなかった、劇的な変化がいくつかありました。まず、言うまでもなく(1)音質の向上が挙げられます。次に、重要なわりに見落とされがちなのが(2)無数の音色が使用可能になったことと、(3)あらゆる空間が演出できるようになったことです。
録音されたサンプルはカセットの方に記録されていましたので、作曲者は、あらゆるジャンルの曲を自在に使用できるようになりました。壮大なRPGならオーケストラを。格闘ゲームなら、激しいロックバンドの音が、ゲームをより盛り上げてくれるでしょう。FM音源でも無数の音が合成できましたが、具体的な楽器の音を再現するのは、ほとんど不可能でした。
また、PCM音源では、あらゆる「音の空間」を再現することができます。考えてみれば当然のことですが、たとえば洞窟や大聖堂など音を響かせたい場面では、ホールの残響ごと録音してしまえばいいのです。残響を再現する回路などは、本体側に特に必要ありません。
スーパーファミコン本体と同時に出荷された、「スーパーマリオ・ワールド」を覚えていますか? ジャンプする音や敵キャラを踏んだ音が、地下ステージではちゃんと残響が付加されてたでしょう。
PCM音源のデメリット?
前述のように、スーパーファミコンでは、これらの音が全てカートリッジに記録されていました。ファミコンの場合は、「1)どの音・2)どのタイミングで・3)どれだけの長さ」という、数少ないパラメータで済んだことに比べ、量子化されたグラフを描いた方眼紙は、ROMの容量を大いに食らいました。そこでソフト・メーカーは、サンプリングレート(≒音質)を落としたり、ループを効果的に使ったりと、以前とはまた異なる形で、工夫を強いられることになったのです。
それでも、以前の制限に比べれば、自由度は飛躍的に向上したのでした。